街を出てしばらく街道を歩いていると、道の先に何かの焦げ跡や周囲の草木が荒らされている一帯が見えた。近くには何かを調査しているような人達の姿も見える。恐らくあそこが戦闘のあった場所なのだろう。
邪魔をしない様に少し避けてそばを通り抜ける。「あの様子だと結構な人数同士での戦闘があったみたいですね」
「そういうの分かるんだ?」 「えぇ、戦闘のあった場所の広さとか傷のつき方とかでなんとなくですけどね」その時、横になっていたロシェがすっと立ち上がった。
『何か近づいてくるわ。野生動物かしら、2,3匹だと思うけど気を付けて』
「分かった。カサネさん野生動物か何かが2,3匹近づいているらしいです」 「えぇ。ここは私に任せて下さい」そういうとカサネさんはポーチの様なものから杖を取り出し、近づいてきた動物たちに構えた。
「アイシクルアロ-」
その声に反応して杖の先から数本の氷の矢が生み出され、放たれた矢は正確に動物たちを貫いた。
「おぉ、すごい!」
「?・・・」何だろう?何だかカサネさんの様子がおかしい。矢を放った姿勢のまま困惑したように固まっている。
「あのアキツグさん・・・・どうしましょう?」
「え?何がですか?」 「えっと、その魔法の交換に同意しますかって聞かれているんですけど」 「えっ?」カサネさんの言葉に、慌ててスキルを確認してみると、スキルレベルが上がっていた。
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スキル:わらしべ超者Lv5 (解放条件:特定条件下で相手が交換に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。 条件を満たした相手と魔法を交換できる。その日の夜、野営地で食事を取りながら先ほどのスキルの件について話しをしていた。 「せっかく得たスキルだし試してみたいところだけど、カサネさんは使ってない魔法とかはないか?」 「使ってない魔法ですか・・・う~ん。一応代用の利く魔法ならディグですかね」 「それってどんな魔法?」 「地面を掘る魔法ですね。普段は使いませんし道具さえあれば代用はできると思うので」 「なるほど。とりあえず、交換対象の交渉が完了しなければ交換されないと思うからそこまで試してみても良いか?」 「交渉まで、ですか。分かりました。アキツグさんを信じます」 「ありがとう。それじゃぁ、君の魔法ディグと交換したい」 「・・・・・・さっきの同意確認の声は聞こえないですね」 「あれ?これじゃダメなのか。カサネさんはさっき条件を満たしたはずだから、これで行けると思ったんだけど。てことは魔法ごとに何か条件があるとか?」 「かもしれませんね。ディグも使ってみましょうか?さっきはアイシクルアロ-を使った後に同意確認の声が聞こえましたし」 「そうだな。頼む」カサネはまた杖を取り出すと今度はそれを地面に向けた。「ディグ」その言葉に応えるように杖が指していた地面に穴が開いていく。「便利なものだな。そういえば詠唱とかは必要ないのか?魔法って詠唱とか魔法陣とか必要なイメージだったけど」 「高度な魔法になると必要になりますね。私が使っている魔法も詠唱した方が精度や威力が上がるんですけど、普段は速度重視で詠唱破棄しています」 「へぇ。そんなこともできるのか」 「あ、同意確認の声が聞こえました。アキツグさんが実際にその魔法を見るのが条件に含まれているみたいですね。それでは、同意・・・します!」「「相手が魔法ディグの交換に同意しました。交換対象を提示することで交渉が可能です」」カサネさんが同意すると俺にも交換交渉の声が聞こえてきた。 こういう感じになるのか。やはり順序が気にはなるが、そちらは一旦置いておいて 彼女に手持ちで高そうな品を一通り提示する
俺の説明を聞いていたカサネさんは、途中で何かに気づいた後、納得したように頷いた。「そんなことがあったんですか。言われてみれば、アキツグさん食事の支払いも物々交換でしてましたね」 「やっぱりスキルのことを知ると物々交換のことにも気づけるんだな」 「あの時は不自然に感じませんでしたけど、スキルのことを知った後だと良く相手に拒否されないなと思ってしまいますね」 「ほんとにな。さて、本当なら交換した後で戻せるのかとかも知りたいところだけど、流石にリスクが高いしそっちは今後機会があることに期待するか」 「・・・良いですよ。交換しても」 「えっ?いや、でも戻せなかった時に後悔しないか?」 「絶対しないと言えば嘘になりますけど、ディグなら仮に使えなくなっても戦闘面で影響することは少ないですから」有難い申し出だけど、どうしたものか。 交換が成立する以上、同じ内容で交換できないということはないと思うのだが、絶対とは言い切れない。でも、この機会を逃したら次はいつになるか分からないしなぁ。「それじゃ、頼んでも良いか?もし返せなかった時はできる限り代替になる方法を探すから」 「そこまで気にして下さるだけで十分です。それにその場合は対価として私もどちらかの魔道具を貰うことになりますよ?アキツグさんは大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫だ。それじゃ交換しよう」 「はい」お互いの意思を確認すると、消音のブーツがカサネさんの手に渡り、俺は魔法を得られた感覚があった。 念のため能力を確認してみる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv5 (解放条件:特定条件下で相手が交換に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。
スキルの検証も終えて、その後はお互いのこれまでの話などをしながら旅を続けていた。「アキツグさんはまだこの世界に来て1か月程度なんですか。それでもうこんな風に馬車で旅をしているなんてすごいです。私なんて最初の二か月くらいは村でこの世界のことを知ったり、生活に慣れるのに精一杯でしたよ」 「元々旅や野宿には慣れていたからな。俺の場合は生活環境を整えるためにも取引するしかなかったし」 「村の人に助けて貰えた私は運が良かったです。スキルのことを学ぶ時間もありましたし」 「そういえば、カサネさんのスキルってどんなのなんだ?魔法とは別なのか?もちろん話せないなら聞かないけど」 「アキツグさんのも教えて貰いましたし、話しますけど他の人には内緒ですよ?私のスキルは魔法の才能強化です。魔法の成長速度とか消費魔力の軽減とか魔法に関する能力を強化してくれます。複数の魔法を扱えるのもこのスキルのおかげですね」カサネさんは火、水、風、地の四属性の魔法を扱えるらしい。普通の魔法使いは相性の良い一、二属性程度が普通だとか。 カサネさんが二年くらいでBランクまで上り詰めたのも納得の理由だった。もちろん才能に驕らずに技術を磨き続けた彼女の努力があってことだが。「新しい魔法を覚えることもあるので、もしかしたら交換した魔法をまた覚えられる可能性はあるのかもしれませんが、一度失った魔法を覚えられるのか確証が持てなくて。。すみません」 「いやいや。俺もスキルのこと分かってない部分あるし、慎重になるのは当然だよ」カサネさんは申し訳なさそうに謝っていたが、この世界に来て魔法が頼みの綱だった彼女にとってその魔法を手放すのを躊躇うのは当然の反応だろう。 そんな話をしながら数日後には、王都ハイロエントに到着した。 ハイロエントは遠目から見てもかなり大きな都市だった。周囲を城壁がぐるりと取り囲み、街の奥の一段高くなった所に城が築かれている。城の中央には大きめの庭と王宮が作られているらしい。 検問を通り城下街に入ると、今までよりさらに賑やかな街並みが目に入ってきた。「これはすごい人通りですね。流石王都です。エストリネア大陸の方でもこ
カサネさんと合流してから近場の飲食店に入り、お互いの情報を交換する。「アキツグさんが良い宿を抑えてくれて助かりました。こっちは素材が高く売れたのは良かったんですけど、そのせいか妙に高そうな宿を紹介されてしまって」 「これだけの街だし裏で繋がりとか小競り合いとか色々あるんだろうな」 「そうですね。ライバル店も多そうですし。それにしてもえっと、ミアさん?は戻れていたようで良かったですね。会いに行かれるんですか?」旅の途中でカサネさんにはエルミアとの出会いも話していた。 当然ながら話した時は、信じられないといった顔で驚かれたが。 確かにミアからは遊びに来てと言われていたが、一般人が気軽に会えるような相手ではないだろう。「いや、流石にな。行ったところで門前払いされるだけだと思うし。無事だったのが分かれば十分だ」 『人間社会っていうのは面倒ね。友達に会いに行くことすら憚れるなんて』 「そう言われると辛いが、こればっかりはなぁ。まぁ、今なら隠れて会いに行けるかもだけど・・・いや、姿を隠しても王宮には感知する魔法くらい掛かってそうだな」 「怖いこと考えますね。もしそれで捕まったらどんな刑に処されるか。。」 「想像したくもないな。やめておこう。まぁ、でもせっかく王都まで来たんだ。近くまで見に行くくらいは良いだろう」 「ギルド証などで身分を証明できれば王城の入り口付近までは近づくことが許可されているみたいですよ」 「それじゃ、宿で部屋を取ったら行ってみるか」王城は長い石階段を上った先にあった。階段には他にも城を一目見に来たと思われる人達の往来で賑わっている。 俺達も同じように城の入り口まで来ると、真新しそうなしっかりした城門の奥には広場の様なものが見え兵士たちの訓練風景を見ることができた。王宮はさらに奥の方にあるようである。「これは、城の中だけでもかなり広そうだな」 「ハイロエントはこちらの大陸でもかなりの勢力を持つ王国みたいですから。それだけ防衛にも力を入れているのでしょう」そんなことを話していると、後ろから聞いたことのある声が掛けられた。
扉を閉めたゴドウェン隊長はふぅ、と一息つくと俺達に座るように促したあと自身も椅子に座った。「突然悪かったな。あんなところであの時の話をするわけにもいかないので場所を変えさせてもらった。随分早いが姫様に会いに来たのか?」 「いや、あの後カルヘルドの南で戦闘があったって聞いて、少し心配になりまして。無事なのかどうかだけでも確認できればと思ってきたんです。あとは王都の観光も兼ねてました」 「なるほどな。姫様はもちろん無事だ。だが、そんな話姫様が聞いたら怒りだすぞ。姫様はお前達のことを随分気に入ったみたいでな。もし訪ねてきたら必ず連絡するようにと指示されていた」 「そ、そうなんですか。いえ、もちろん会いたくなかったわけではなく俺なんかが面会を求めても許可されるはずがないと思ったわけでして」 「まぁ、確かに公式の場での面会は難しいだろうな。だが、非公式であれば方法はある。今確認をとっているから少し待ってくれ」と、そこでちょうど扉がノックされ、一人の兵士が入ってくるとメモの様なものをゴドウェンに渡す。「ふむ。明日の昼過ぎであれば時間を作れるそうだ。悪いが明日もう一度こちらまで来て貰えるか?入り口の兵士に俺の名を伝えて貰えば迎えに行く」 「分かりました。色々とお手数お掛けしてしまいすみません」 「なに、これも仕事の内だ。気にしないでくれ」そのあとまた兵士に呼ばれたゴドウェン隊長と別れて階段を下りていく。「なんか、意外なほどあっさり面会の段取りができてしまったな」 「あの方が近衛隊長だからでしょうね。普通ならこんなに簡単に話は通らないと思いますよ」 「そうだよな。城の入り口で会えたのは幸運だった」俺が頷いていると彼女がふと気づいたように聞いてきた。「そういえば、私は前回の件には関わっていないんですけど、明日同行しても良いんでしょうか?」 「あの場でゴドウェン隊長に特に何も言われなかったし大丈夫じゃないか?もし明日何か言われた時は悪いけど街の方でも見て回っててくれ」 「そうですね。分かりました」その後は広場の方まで戻り、珍しそうなお店
王宮に入りとある一室に通されるとそこにはエルミアが待っていた。「アキツグ!ロシェ!来てくれて嬉しいわ」こちらに気づいたエルミアは駆け寄ってくるとロシェに抱き着いた。『ちょっと、急に抱き着かれたらびっくりするでしょう。まったくもう』ロシェはやれやれといった感じだが、嬉しそうにされるがままになっている。 ゴドウェンさんは気を利かせたのか部屋の外で待機してくれるようだった。「あら?そちらの方は?」そこで漸くカサネさんの存在に気づいたようでミアが尋ねてきた。「初めまして。冒険者のカサネと申します。お会いできて光栄です」そう言うとカサネさんは丁寧にお辞儀した。「初めまして。私はエルミアよ。アキツグさん達の仲間なのよね?今はプライベートだしそんなに畏まった挨拶は不要よ。気楽にして頂戴」 「え、えぇと・・・はい。分かりました」カサネさんはしばらく視線を彷徨わせていたが、俺達の様子を見て観念したのかそう返した。「なんにしても、ミアが無事に戻れていたみたいで安心したよ。南でも戦闘があったみたいだから心配していたんだ」 「そうなの。あの後カルヘルドを出た後も襲撃者達に襲われてね。流石に真正面からぶつかっては勝てないと悟ったのか途中で引いたみたいだったけれど」そう言いつつもまだ何か気にかかることがあるのかミアの表情は晴れない様子だった。「何か気になることがあるのか?」 「う~ん。なんだか王宮に戻ってからも偶に誰かの視線を感じる気がするのよね。王城内に怪しい人物が居れば分かるはずなんだけど」何だか不穏な話になってきた。もしかしてまだ例の襲撃者の連中が諦めずに何かを企んでいるのだろうか?「そういえば、例の襲撃者達については何か情報掴めたのか?」 「あぁ、あの連中ね。こちらでも何名か捕まえたんだけど、下っ端には詳しいことは何も知らされていないみたいでね。結局何も分からなかったわ」 「そうなのか。だとするとまだミアが狙われている可能性もあるのかもしれないな」 「そうね。こ
「えっ?それじゃ、カサネさんはロシェの言葉分かるようになったの!?」 「はい。アキツグさんのスキルのおかげで」以前にミアがロシェと話したいと言っていたので、知識の交換の部分については話すことにした。「え~いいなぁ。知識、知識かぁ。流石に国の内部に関わることは渡すわけにはいかないし。私個人で出せるもの・・・う~ん・・・」彼女は必死に考え込んでいるが、なかなか良い案が出ないらしい。王女といえば専門的な知識は王族に関わるものが多くなるのだろう。「まぁ、そこまで無理して今考えなくても・・・」 「ダメ、せっかくのチャンスだもん。私もロシェと話したい!」今すぐじゃなくてもと思い提案した俺の意見も言い終わる前に却下された。 それほど彼女にとっては大事なことらしい。「そうだ!私が今まで書き留めたこの王都と王国周辺の情報と交換ならどうかしら。大陸地図もあるわよ。記載があるのは調査済みのところまでだけど」そう言いながら彼女は部屋の隅にあった棚の引き出しから紙束と地図を取り出して持ってきた。「情報って大丈夫なのか?」 「あぁ、情報って言っても機密的なものではなくて。私個人が趣味で調べたものよ。王都のお勧めポイントとか周辺の町や村に行ったときに知ったこととかね」そう言って彼女が見せてくれたのは確かに一般の人でも知り得そうなものだった。 昨日カサネが絶賛した洋菓子店のことも記載してある。 そして大陸地図、これもかなり遠方の情報まで記載されていた。 今まで行き当たりばったりで行動していた俺からすれば是非とも欲しいものだった。「「相手が王都ハイロエント及び周辺地域の情報の交換に同意しました。ハイドキャットの言語と交換可能です」」カサネさんの時と同様にそんな声が聞こえてきた。「交換できるみたいだ。俺としても有難いし交渉成立だな」 「本当?やった!ロシェ、私もお話しできるようになったよ!」話を聞いていたロシェはミアの方に近寄って顔を摺り寄せた。『良かったわね。私もミアと話せるよう
慎重に扉を開けるとそこには地下への梯子が掛かっていた。梯子の下の方も真っ暗なので、降りた先にまだ道があるのだろう。 梯子を下りて、少し先に進むと先の方に小さな明かりが見えた。『気を付けて何人かいるわ』ロシェの言葉により注意して進む。足音はしないが何かを蹴飛ばしてしまったら、そちらの音まで消すことはできないからだ。 そうして近づくと段々と男の怒鳴り声が聞こえてきた。「何やっているんだ。慎重に行動しろと言ったはずだろう!襲い掛かった挙句、捕まえることもできずに逃げ帰ってきたとは。お前は計画を台無しにする気か!」 「い、いやだから慎重に行動したんですよ。商人の男一人だけになったところで角から不意打ちするところまでは上手くいったんです。なのに、男が何かしたようにも見えなかったのに突然手に痛みが走ってナイフを落とされたんです」逃げてきた男は必死に弁明していた。「そんなわけがないだろう。今まで見た限り奴はただの商人だ。そんなことができるようには・・・いや、待て。そうかハイドキャットか」 「ハイドキャット?」 「奴らには従魔登録したハイドキャットが居るらしい。まったく姿を見せないから偽情報か別行動でもしているのかと思ったが、ずっと姿を消したまま同行していたのか」上司らしき男の言葉に周りの男達も含め動揺の声を上げる。「な、何でそれを教えてくれなかったんですか?それさえ知っていれば俺だって安易に襲い掛かったりしなかったですよ!」 「黙れ!ならお前はハイドキャットの生態を詳細に知っているのか!長時間隠密行動ができるのならいつ居て、いつ居ないかの判断などできんだろう。それに言い訳したところでお前の失敗した事実は覆らん」 「そ、そんな・・・」男はそれ以上何も言えず沈黙した。「まぁ、済んだことは仕方ない。あくまで奴らを人質に取るのは囮用の計画だ。主目的に支障はない。二日後、内通者の手引きで王城内部に侵入する。そのまま深夜まで待機し、モルドナム国王を暗殺して内通者と共に脱出する。その日、兵の食事には内通者が睡眠薬を混ぜる予定になっている。起きている者もいるだろうが
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」 「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。 部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」 「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。 と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」 「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。 食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」 『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』 「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している
話にも一区切りつき、二人の元気な様子も確認できた。 まだ行くところもあったため、今日はそろそろお暇することにした。「カサネお姉ちゃん、絶対また来てね」 「えぇ。コヨネちゃんも元気でね」いつの間にやらコヨネはカサネさんのことをお姉ちゃんと呼んでいた。 カサネさんも満更ではない様で嬉しそうにしつつも別れの挨拶をしていた。「コウタ、もういくつか薬渡しておくな。まだ働き始めだから大変だろうけど、頑張れよ」 「あ、ありがとう。実は言い出しにくかったんだ。もう少しすれば薬を買う余裕もできると思うから頑張るよ。いつか絶対にこの恩は返すから」 「期待して待ってるよ。今は自分達のことを第一に考えればいい」そうして二人と別れを告げると、次は商業区にあるハロルドさんのお店に向かった。 店に入り店員さんにハロルドさんを呼んでもらうと、少ししてハロルドさんがやってきた。「おぉ!アキツグさん、ギルドから聞いてはいましたがよくご無事で。また再会できて嬉しいです」 「ハロルドさん、お久しぶりです。色々ありましたが何とか戻ってこれました」 「こんなところで立ち話もなんですから、とりあえずこちらへどうぞ」そう言って、部屋に案内された。「そちらの方は初めましてですな。私は商人のハロルドと申します。以後よろしくお願いいたします」 「初めまして、私はカサネです。よろしくお願いします」 「それにしても綺麗な方ですな。もしやアキツグさんの恋人ですかな?」 「いやいや、違いますって。途中で一緒になった旅の仲間です」なんだ?この街の人は色恋沙汰が好きな傾向でもあるのか? 今日二度も聞かれたためか、カサネさんも心なしか恥ずかしそうにしているし。「これは失礼を。お似合いのお二人だと思ったもので思わず聞いてしまいました。 それで本日は何か御用事がおありで?」 「いえ、ちょっとした用事でこちらまで戻ってきたので、ご報告も兼ねてご挨拶をと思いまして」 「なるほど。確かにあの後色々あったみたいですからな
その後、最近の様子などをコヨネから聞いていると、入口の扉が開いた。「ただいま~っと、あれ?お客さんか?・・・あ!アキツグさんじゃないか。戻ってきたんだ!」 「コウタ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」 「そうなんだ。コヨネがすっかり元気になってさ!全部アキツグさんのおかげだよ!」コウタは俺に気づくと、嬉しそうに俺に礼を言ってきた。「いや、二人が頑張ったからだよ。俺はちょっと手伝っただけさ。でも、今コヨネちゃんにも言ったけど、完治できるかはこれからに掛かってるからな。油断せずにこれからも気を付けるんだぞ」 「うん。うん。アキツグさんの言いつけを守って頑張るよ。そうだ!聞いてくれよ。俺、工場で働かせて貰えるようになったんだ。まだまだ下働きだけど、親方も頑張ってるって褒めてくれてさ!」コウタも初めて会った頃と違ってすっかり明るくなったようだ。 約束通り盗みも止めていたし、働き口も見つかったようで安心した。 これなら、コヨネちゃんも良くなっていくだろう。「あぁ、コヨネちゃんからも聞いたよ。頑張ってるみたいだな。二人が元気になって俺も嬉しいよ」 「お兄ちゃん、気持ちは分かるけどカサネさんにもちゃんと挨拶して」コヨネちゃんがそう言うと、コウタはそこで初めてカサネが居たことに気づいたようで、慌てて謝った。「あ、ご、ごめんなさい。俺、コウタって言います。コヨネの兄です」 「初めましてコウタ君。私はカサネです。気にしなくても大丈夫ですよ。ふふっ、二人とも本当にアキツグさんのことが好きなんですね」楽しそうにカサネが笑った。 コウタが恥ずかしそうにしながらも返事をする。「アキツグさんは俺達の恩人だから。俺はアキツグさんに悪いことをしたのに、話を聞いて妹の治療までしてくれたんだ。いくら感謝してもし足りないくらいだよ」 「誰にだって魔がさすことはある。コウタの場合は妹のためって理由もあったしな。今はちゃんと反省して働いているんだし、そう気に病むことはないさ」 「ありがとう。もうあんなことはしないよ。約束したしな」
数日の旅路を越えて再びロンデールの街に戻ってきた。「思えばここからミアを連れて行ったんだよな。あの時はあんな大事に巻き込まれるなんて思いもしなかったけど」 「最後には王国の危機を救う手助けになっちゃいましたね」隣でカサネさんがくすくす笑っている。 笑いごとで済んで良かったよ。もし失敗してたら大惨事だったもんな。。「ハロルドさんにもあいさつに行かないとなぁ。とはいえ、まずは彼らの様子を見に行くか。カサネさんはどうする?」 「宜しければご一緒して良いですか?お話を聞いてたから私も妹さんのこと気になります」 「じゃ、一緒に行こうか。ロシェも・・・あっ!あ~ロシェは少し散歩でもしてきてくれるか?実はその子、喘息っていう病気でな。動物の毛とかで病状が悪化する可能性があるんだ」 『そういうことなら仕方ないわね。私はどこかで適当に休んでおくわ』 「悪いな」ということで、カサネさんと二人の家に向かうことになった。 コウタの家に到着し、扉をノックする。「は~い」中から女の子の声が返ってきた。コヨネちゃんのようだが随分元気そうだな。 少しすると扉を開けてコヨネが姿を見せた。「どちらさまで・・・あれ?もしかしてアキツグさん?アキツグさん!お久しぶりです。見て下さい、アキツグさんから頂いたお薬のおかげで私動けるようになりました!こ、こほっ」俺に気づいたコヨネちゃんが嬉しそうに現状を伝えてくれた。勢いが過ぎてまた咳が出てしまったようだが。「あぁ、元気そうで安心したよ。そんなに慌てなくても良いから。コウタは外出中か?」 「はい。お兄ちゃんはお仕事に行ってます。アキツグさんが旅に出たあと少しして、工場の下働きとして働かせて貰えるようになったんです。っと、すみません。もう一人いらしたんですね。初めまして、私コヨネっています」 「初めまして、私はカサネです。アキツグさんとはヒシナリ港で会ってね。それから同行させて貰っているんです」 「わぁ!ヒシナリ港って海があるところですよね?私見たことないんです。いいなぁ。あ、すみません
「時間もあるし、とりあえず私の部屋に戻りましょ」とミアが自分の部屋へ案内してくれた。「改めて、皆ありがとうね。お蔭で私もお父様も無事で事態を解決することができたわ」 「上手くいったみたいで良かったよ」 「本当に。あの夜は気になってあまり眠れませんでした」 『ミアは少し危なかったけどね。兵士さんが駆けつけてくれて良かったわ』ロシェの発言に俺とカサネさんは驚いた。ミアは少しばつが悪そうにしている。 俺達は二人からあの夜何があったのかを聞いた。「攫われる一歩手前じゃないか。ロシェに頼んで正解だったな」 「えぇ。対策はしたつもりだったけど、あの人数は想定外だったわ」 「それにしてもミアも魔法が使えたんだな。この前の道中では見なかったけど」 「なるべく知られたくなかったからね。本当にいざという時以外は使わない様にしていたの」そういうミアは少し申し訳なさそうにしていた。あの時のミアは依頼人みたいなものだったし、護衛も居たのだから彼女が謝る理由はないのだが。「別に気にする必要はないさ。あの時ミアは護衛対象だったしな。それに予想通り大事なところでそれが役に立ったんだから正解だったわけだ」 「ありがとう。それにしても本当に何も褒美を貰わなくて良かったの?あんな計画を阻止した功労者なんだから、ある程度のことなら通ったと思うわよ?」ミアは勿体ないという顔でこちらを見ていたが、二人とも特に欲しいものもなかったからあの回答で正解だろう。「あぁ、俺は偶々あいつらの話を聞けただけで、襲撃時には何の役にも立ってなかったしな」 「私はついて行って話を聞いてたくらいでしたからなおさらですね」 「聞きそびれていたけど、ロシェは良かったか?もし何かあれば今からでも頼んでみるが」 『特にないわ。もしあるならあの時に言ったわよ』 「そうか。なら問題ないな」俺達は納得したのだが、助けられた側のミアとしては何か納得しづらいようだ。 何かいい案はないかと首を捻っている。「う~ん。じゃぁ私個人に対して
朝になって俺達が待ちきれずに王城へ向かおうとすると、そこにちょうど兵士の一人が伝言を伝えに来た。 どうやら国王の暗殺計画は失敗に終わり、ミア達も無事だったようだ。 それは良いのだが、何故か俺達が功労者として国王との謁見を許可されたという話まで一緒について来ていた。「えぇ、、どうする?これ」 「どうするも何も、私達に断る権利なんてないと思いますよ」困惑する俺に対して、カサネさんも同じように動揺しながらもどうしようもない事実を告げる。「そうだよな。国王様からの謁見の招待を断るなんて、よほどの理由がないと無理だよな・・・」ミアとは出会った状況が特殊だったから、その後もそれほど気負わず付き合えているが、いきなり国王と知ってる相手となると恐れ多さが出てきてしまう。「私も気持ちは分かりますが、あのミアさんのお父様なのですし少なくとも悪い方ではないと思いますよ」 「まぁ・・・そうかもな。それに功労者として呼ばれてるわけだし、変なことにはならないはずだよな。緊張はするけど」 「えぇ。礼儀に気を付けて言われたことに応えさえすれば大丈夫だと思います」カサネさんにそう言われて俺は気づく。「俺、この国の礼儀作法とか全然分からないぞ!?」 「そう言われると私も不安かも。商業ギルドで聞いてみましょうか」 「何で商業ギルドなんだ?」 「何となく冒険者ギルドよりは、礼儀が大事な気がしません?あと情報を聞くならギルドが一番無難かなと思ったんです」確かに。一番良いのは王城の人だろうが、昨日の騒動が収まっていない今言っても邪魔になるだけだろう。そういう意味ではギルドは正しい判断だと思う。「そうだな。商業ギルドで聞いてみるか」やるべきことが決まったところで早速商業ギルドに向かった。 流石に王都にあるギルドだけあって謁見の際の作法についても知っていた。 二人で少量の謝礼を払い簡単な講義を受けた。 幸いなことにそれほど難しい内容ではなかったので、これなら大丈夫だろう。 その後も衣装など、失礼にならない程度